俳優・山田裕貴が、3月18日放送の自身がパーソナリティを務めるラジオ番組
『山田裕貴のオールナイトニッポンX』(ニッポン放送/毎週月曜深夜0時~)に出演。
元プロ野球選手の父親とのエピソードを明かしました。
父親は元プロ野球選手!中日ドラゴンズや広島東洋カープで活躍した山田和利
山田裕貴の父親は、中日ドラゴンズや広島東洋カープで活躍した山田和利です。
山田和利は、1983年に中日ドラゴンズへ入団しました。
レギュラーには定着できませんでしたが、チームのリーグ優勝に貢献。
この時に山田和利がつけていた背番号30番は、後に息子の山田裕貴が中日ドラゴンズの始球式でつけた番号にもなっています!
その後、1991年にトレードで広島東洋カープに移籍し活躍するも、1995年にシーズン終盤で故障し戦線離脱しました。
1996年に、トレードで再度中日ドラゴンズに戻りましたが、故障のため現役を引退。
現役引退後の1997年~2021年までは、中日ドラゴンズや広島東洋カープでコーチやフロント入りするなどしていました。
現在はどの球団にも所属していませんが、またどこかのチームで野球関連の仕事をしていくかもしれません。
親子仲はとても良いそうで、息子の山田裕貴が出演している映画やTV番組は全てチェックしていると語っています。
父親が元プロ野球選手と隠していた理由は「ネタにされたくないから」
元プロ野球選手である山田和利から、父親の職業のことを言わないようにしつけられたそうです。
事務所に入る際にも
「隠してた」
とコメント。
父親のことを
「ネタにされたくないから」
という思いもあり
「絶対に言わない」
と思っていたと説明していました。
しかしある日、選手やコーチのプロフィール・子どもの名前まで書いてあるプロ野球名鑑をみた会社スタッフから
「もしかして、山田和利さんの息子?」
と聞かれ、山田裕貴は
「はい、そうです」
と戸惑いながらも答えたみたいです。
「そうなの?!」
と驚かれ、父親が判明したその日から
「バラエティでめちゃくちゃいじられるようになった」
と振り返っていました。
山田裕貴が宣言したことは、”山田裕貴の父さん”と父親に言わせること!
まだ知名度が低い頃は
「たまにバラエティ番組に出させてもらうと、自分のことを話すよりも”プロ野球選手の息子さん”っていう紹介のされ方」
といい、
「それがものすごく悔しくて」
と当時を振り返っていました。
その経験から、プロ野球選手の息子としてではなく
「山田裕貴という人間を知ってほしい」
と強く思った山田裕貴は、父親へ
「いつか”山田裕貴の父さん”だとお前に言わせてやるからな、と電話で告げた」
と明かしました。
その発言を聞いた父親からは
「頑張ってりゃそういう日も来るだろう、でもまだまだだな」
という言葉が。
しかしながら、最近では
「お前の父親と言われる」
と父親に宣言したことが実現していると熱く語っていました。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
山田裕貴がラジオで明かした、元プロ野球選手の父親とのエピソードについて紹介しました。
この記事がよかった、ためになったと思った方は、ぜひ当サイトのコメント欄やツイッターの方で感想を教えてください!!
コメント